稲村堂作業日誌

科学雑誌を読む日々。

科学雑誌を読む

夕方、届いたばかりの『ネイチャー』12/11号を手に取る。物理学者アインシュタインの手紙がオンラインで読めるようになったという短報を読む(p.148)。"The Digital Einstein Papers"と題するサイトには、約5,000件の文書がすでにアップ済みとのこと。http://einsteinpapers.press.princeton.edu/
ためしに"Japan"の検索ワードを放り込んでみると273件がヒットする。

今回アップロード分は、アインシュタインの44歳までの文書が翻訳されたもの。たしかアインシュタインはドイツ語を母語とするのだなということを思い出す。

科学雑誌を読む

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 夕方、『ネイチャー』 2014/10/16号がポストに入っている。いつものコーヒーショップで読み始める。「渡りをする蝶」として有名なオオカバマダラ Danaus plexippus のゲノムの解読結果が報告されている(p.317)。つまりこの蝶のDNAのすべての配列が明らかにされたということ。これは大いに興味がそそられる。さっそく解説記事を読んでみる(p.314)。

 この蝶の渡りについてシビれるのは、何と言っても、「複数の世代」で北米大陸を縦断(往復)するということ。つまり、世代交代をしつつ北上したり南下したりする(リレーしながら飛んでゆくというイメージ?)。〈同じ〉個体がルートを往復するわけではない。いったいどういうメカニズムで蝶がそんな渡りをしているのか? 不思議だ。個々の蝶が羽化するときにはたぶん親の個体はもういないはずだから、本能的に、北へ向かうのか南へ向かうのかわかっているということになる。

 で、解説記事を読み進めてみる。今回の論文で、渡りに関する何か新しいヒントでも得られたのだろうか?

 まず、以下のような記述に目が止まる。
Monarch caterpillars acquire cardiac glycoside compounds, which are toxic to predators, from the plant.
(幼虫が植物から得る強心配糖体化合物は、捕食者にとって毒性がある)

 「強心配糖体」というのは、捕食者(鳥とか)にとって毒として作用する物質らしい。つまり、毒を持つオオカバマダラの幼虫を、鳥は基本的に食べないということ。これはおもしろい。つまり鳥は、自分の生息域に住む昆虫のうち、どれを餌として食べていいのか悪いのか、「記憶」しているということ。仲間の鳥から「あの虫は毒をもってるから気をつけろ!」と教えられるわけはないので(たぶん)、どの個体も、一回は虫を食べてみて腹を壊してみて自力で学習していくということなのか。腹イタの経験を経て、この色をした虫はヤバイな!とか。さらに言えば、鳥は虫の「外見」と(腹痛のもとになる)「味」を関連づけているということにもなる。たいしたものだ。…って、今回の論文&記事の主役は、トリではなく、チョウだった…。記事の続きを読む。

Nature 514, 314-315 (16 October 2014)
オオカバマダラウィキペディアのエントリ:http://bit.ly/1vBJnev

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『ネイチャー』 2014/10/09号の「リサーチ・ハイライト」のページを開く。本誌以外の科学雑誌に最近掲載された、興味深い10報弱の論文を手短に紹介するページ。

 "Gene switch helps bacteria invade"(遺伝子スイッチで悪性度を増す細菌)という記事を読んでみる(p.143)。

 肺炎連鎖球菌は、ヒトの鼻のなかに存在していて通常は無害だけど、一部のヒトでは重大な感染症を引き起こす(肺炎とか)。今回の研究でわかったのは、この細菌は、ゲノム上に6つの遺伝子からなるシステムを擁していて、これが各遺伝子の発現を再編成することで、6つの異なる亜集団に変身できるということ。具体的には、個々の集団では、DNA上のメチル化のパターンが異なる。メチル化のパターンが変わると、そのDNA上に書き込まれている遺伝子の発現の状態が変わるので、最終的に毒性の程度も変わるというわけ。DNAの配列そのものを変えるのではなく(これはけっこう大ごとだ)、DNAの修飾(=メチル化)を変えるだけで遺伝子発現パターンを変えるので、環境の変化に迅速に対応できるということらしい。

 これは細菌の話だけど、植物にも動物にも(そしてたぶん人間にも)、環境変化にすばやくアジャストできるための遺伝子セットなどの仕組みというものは存在するんだろうな。

Nature 514, 143 (09 October 2014)
Nature Commun. 5, 5055 (2014)

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 『ネイチャー』 2014/10/09号を、いつものコーヒーショップで読む。

 今週号の表紙にも取り上げられている、インドネシアの洞窟壁画の年代測定結果を報告した論文に関する解説記事をまず読む。タイトルは"Art on the move(旅する芸術)"(p.170)。ちなみに表紙の写真の動物は、水牛の一種を描いたものらしい。
 映像資料もある。 http://bcove.me/0hj0fv66

 今回の報告のポイントは、このスラウェシ島の洞窟壁画の一部が少なくとも39,900年前に描かれたものであろうという点。これは、最も古いとされてきたスペインのエル・カスティージョ洞窟の壁画とほぼ同じ古さだということ。これまでアジアでこれほど古い壁画は見つかっていなかった。

 今回の年代測定の対象となった壁画の一つは、「手形」(「ハンド・ステンシル」と呼ぶらしい)。もう一つは「ブタシカ」という動物の絵(豚+鹿?)。"手形"というのは、洞窟壁画でよく描かれているように思うけど、なんで古代の人たちはそんなものを残そうとしたのかな? 絵が描けたことが、その手で描けたことがうれしかったのかも。

 ちなみに手形は、手を岩の上において、その上からスプレーのように顔料を吹き付けたと想像されるもの。たぶん口に顔料の液を含んで、手のひらの上からぷーっと吹き付けたのだろう(想像)。この手形を「ネガ像」だとすると、逆に、手のひらに顔料をつけて、凹凸があるだろう岩の表面にペタンとスタンプのように押した手形(ポジ像)よりも、ビビッドに手の形が残るのが気に入っていたのだろうか?

 ブタシカというのは、動物学的には確認されていない種であるらしい。とすると、想像で描かれたのだろうか? きっとそれに近い動物を獲物として捕まえたかったのだろう。願かけで描かれたのかもしれない。疑問(あるいは妄想)は次々にわいてくる。

 そういえば、『I.W──若林奮ノート』(書肆山田2004)という本で、著者がヨーロッパの壁画のある洞窟を訪れたときの詩的な記録を以前読んだことがある(目次を調べてみると、上記のスペインの洞窟に関する言及もあるようだ http://bit.ly/11qzxka)。再読したくなった。

Nature 514, 170-171 (09 October 2014)