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稲村堂作業日誌

科学雑誌を読む日々。

『意識をめぐる冒険』のための地図 [011]

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●『意識をめぐる冒険』のための地図 [011]
『意識をめぐる冒険』 クリストフ・コッホ(岩波書店2014)の第5章では、興味深い脳障害がいくつか取りあげられています。アクロマトプシア、相貌失認(そうぼうしつにん)、カプグラ症候群、アキネトプシア…。このうちアクロマトプシアは、患者の色覚が失われてしまう疾患と書かれています。 〈彼らが経験するのは、白黒に変換されたカラーテレビのようなグレースケールの世界だ。〉(p.118)

 

 アクロマトプシアの人の世界から色だけが抜け落ちるということは、おそらく、「色を処理するための専用の脳内領域なり脳内回路」が存在することを間接的に意味するのだと思います(これが、数ページ後に書かれているセミール・ゼキの言う「エッセンシャル・ノード」の話につながる)。

 

 ものを見るのは目なので、網膜を経由して脳内へ流れ込んでくる"情報"のなかに色関係の情報も含まれているはずです。その情報が脳内をさらに進み、高次の脳領域において、ものの他の属性(形とか動きとか)と統合されるときに色関連の属性がきちんと統合されないと、色のクオリアだけが抜け落ちてしまうのでしょう。

 

 色関連情報が「どこで/どのように」損なわれてしまったのか、失われてしまったのか、ということに興味がわきます。想像してみます。情報が、脳内の"電線"のような通路を流れているあいだに減衰してしまったとか? あるいは、情報の中継地みたいな部位が脳内にあって、そこでの処理がうまくいかなかったとか? あと、何が考えられるかな。色まわりの情報だけを積極的に消失させる仕組みができあがってしまったとか? まあ、いずれにしても、色関連情報だけが、最終地点に達するまでに消えてしまうわけです。

 

 さらには、「消えてしまった情報」はどうなるのか? なんて疑問も出てくる。バラバラになってしまうのか? その情報の残骸は、何かほかの脳内処理に影響を及ぼしたりはしないのか? そもそも、色の情報はどのように「符号化」されているのか? わからないことだらけです(まあ、あれこれ想像することが楽しいわけですけど)。